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永観堂の口コミ「思い出深いお寺」

永観堂

京都府京都市左京区永観堂町48
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永観堂の口コミ詳細

思い出深いお寺

幼児5
小学生5

さん

お出かけした月:2014年10月

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永観堂の名で知られる禅林寺は京都有数の紅葉の名所で、古くから「秋はもみじの永観堂」といわれています。
弘法大師空海の高弟である僧都・真紹が寺院を建立したのが起源です。

当初は真言宗の寺院でしたが、中興の祖とされる7世住持の律師・永観により浄土教色を強めます。
12世住持の僧都・静遍も当初は真言宗の僧でしたが、後に法然に帰依、念仏門に入っています。
法然の高弟である証空も静遍の後を継いで当寺に住持したと伝えられており、証空の門弟の浄音の時代に浄土宗西山派の寺院になりました。

本尊の阿弥陀如来立像は顔を左に曲げた珍しいもので、みかえり阿弥陀として知られています。

みかえり阿弥陀には、次のような伝承があります。
永保2年(1082年)、永観50歳のころ、ある時は正座し、ある時は阿弥陀像のまわりを念仏して行道していたところ、須弥壇に安置してある阿弥陀像が壇を下りて永観を先導し行道を始めました。
驚いた永観が呆然と立ちつくしていたところ、阿弥陀像が振り返り、「永観、おそし」と声を掛けました。
それ以来、阿弥陀像の首の向きは元に戻らず、そのままの姿で安置されているのだとか。

このみかえり阿弥陀、実際には永観の生きた時代よりも100年ほど後の平安時代末期の作と考えられているそうです。

実はこのお寺、妻が学生時代にアルバイトをしていたことがあるのです。
ママはお寺で働いていたんだね、お坊さんだったんだね、という子供にお坊さんじゃないと伝えるのが難しかったです(笑)。

スポット名永観堂
滞在時間2-3時間のおでかけ
使った金額幼児小学生1000円以下
使った金額(小学生)幼児1000円以下
使った金額(大人)大人1000円以下

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