重度の障害や、医療的なケアが必要な子どもたちは、通常の保育園に預けることが難しく、待機児童になることもできません。この状況を変え、障害を持つ子どもがいても親がフルタイムで働ける保育園があるのを知っていますか? 「障害児保育園ヘレン」の取り組みについて、ヘレン荻窪の園長・遠藤愛さんに伺いました。
ヘレン誕生のきっかけは、障害児を持つママからのメッセージ

東京都杉並区の荻窪に「障害児保育園ヘレン」が誕生したのは、病児保育などを手がけていたNPO法人「フローレンス」に届いた、障害児を持つひとりのママからのメッセージがきっかけでした。
「仕事に復帰したいけれど、子どもに障害があり、医療的ケアが必要でどこの保育園にも断られてしまった。預かってくれる保育園があれば教えてほしい。」
その願いに応えようと、フローレンスのスタッフが一緒に保育園を探したそうです。遠藤さんは、そのときの様子をこう振り返ります。
「障害を持つ子どもたちが通う『児童発達支援』という施設はあります。けれど、そこでは保育園のように子どもを長時間預かってはくれません。そして、既存の保育園で障害児を受け入れてくれるところはひとつもありませんでした。『だったら自分たちで作ろう』、そう考えたのがヘレンのはじまりです。」
障害児保育には、医療的ケアの問題が立ちはだかる
なぜ、通常の保育園は障害児を受け入れないのでしょうか。
「障害児のなかには、ご飯を飲み込むことができず、鼻から入れたチューブやお腹に開けた穴から栄養剤を流し込む子もいます。喉に穴を空けてチューブを入れ、痰の吸引をしなければいけない子もいます。通常の保育園では、軽度の障害児を預かることはできても、医療的ケアが必要な子どもたちを預かる体制を整えることができないのです。」
その結果、自分たちだけで障害児育児に向き合わざるを得なくなったパパママたちは、どちらかが仕事をあきらめるという選択肢を選ばざるを得なくなります。
「重症心身障害児の受け入れ」「長時間保育」「医療的ケア」

そんな状況のなか、日本ではじめて「重症心身障害児の受け入れ」「長時間保育」「医療的ケア」の3つを実現した保育園がヘレンでした。
「ヘレンでは、平日の8時から18時半まで、主に1歳からの未就学児を受け入れています。医療的ケア児、重症心身障害児、どちらの障害もある子ども、さまざまな障害がある子どもたちにも対応しています。」
ヘレンが受け入れ可能な子どもたちは、最大で15人。それに対して、ヘレン荻窪では、現在23名のスタッフがシフト制で保育にあたっています。
「痰の吸引、鼻から入れたチューブやお腹の穴から栄養剤を流し込む経管栄養などの医療的ケアは、常駐の看護師が担当します。そのサポートや生活の介助、保育園での1日の流れをつくるのが、保育士の仕事です。ほかには、作業療法士、理学療法士の免許を持つリハビリスタッフも勤務しています。」
リハビリスタッフとは、どのような役割を果たすのでしょうか?
「ヘレンの子どもたちのなかには、ひとりで座ったり、寝返りをしたりすることが難しい子もいます。同じ体勢を続けていると、体が固まり、関節の動ける範囲が減ってしまいますので、マッサージをしたり、一人ひとりに適した寝る姿勢を考えたりしています。」
また、リハビリスタッフの指導のもとに、保育スタッフもマッサージなどを行っています。「専門職にしかできない特別なことではなく、生活のなかにリハビリの視点を取り入れることが大切」と遠藤さんは教えてくれました。
遊びながら発達をうながす「ムーブメント療法」
ヘレンの療育では、カラフルな教具を使った「遊び」を通して行う「ムーブメント療法」を取り入れています。この療法は、それぞれの発達のレベルに合わせてプログラムを組むのが特徴だといいます。
「たとえば、両足立ちはできても、かかとをつけるとフラフラしてしまう子がいるとします。そうした子には、体幹を自然に鍛えられるような遊びを考えるんです。子ども自身が楽しむことを重視しているので、自主性を引き出すことにもつながります」
健常児より発達がゆっくりしている障害児だからこそ、ひとつひとつのステップを大切にしていく必要があるそうです。
ヘレンに預けることで、ママにも子どもにも変化が生まれる
障害児のお母さんは、今までほとんどが仕事を辞めざるを得ませんでした。しかし、ヘレンに子どもを預けるママの多くはフルタイムで働くことができています。
「お母さんたちからは、『仕事をすることがリフレッシュになり、子育てもがんばれる』という声をよくいただきます。仕事と子育ての両立で、さらに忙しい生活になっているはずですが、気持ち的には今の方が楽だと言ってくださる方が多いですね。」
腎臓に疾患のある子どもをヘレンに預け、職場復帰をとげたママのひとりは、「子どもの病気だけに集中している生活は『介護』だったけれど、はじめて『育児』をしている実感を持つことができた」と言ってくれたそうです。
医師も驚く「お友だちパワー」!
また、ヘレンで集団生活を送ることにより、子どもたち自身にもプラスの変化もあるといいます。
「たとえば、生まれてからずっと鼻やお腹から栄養を摂っている子どもたちは、口から食べ物を摂取するのを拒むことが多いです。けれど、ヘレンでお友だちが口からパクパク食べて、それをほめてもらっている姿を見ると、『ぼくもやってみようかな』という気持ちになるんですよね。」
「すると、自分もほめられたい一心で食べるようになります。ある子どもは、あまりにも早くチューブを抜くことができたので、主治医が『お友だちパワーだね!』と驚いていたそうなんです。」
友だちを見て、真似ることで成長していく。通常の保育園ではごく普通の光景です。けれど、障害児を持つ親にとっては、それが「特別なこと」につながります。
ヘレンのこれからと、理想の社会の実現
ヘレンを運営するフローレンスは、2016年7月には「ヘレン すがも」を開園しました。そして、2017年には世田谷区の経堂に「ヘレン経堂」を開園する予定です。
それでもまだまだニーズは多く、施設型では課題解決に限界があるため、2015年4月には集団生活ができない障害児を自宅で保育する「障害児訪問型保育アニー」も開始しています。

多くの障害児を持つパパママたちに希望を与えているヘレンですが、開園したばかりのころには、「なぜ障害児だけを区別するんだ」と批判の声もあったといいます。そんな問いに、遠藤さんはこう答えてくれました。
「本当は、すべての保育園が障害児を受け入れて、どんな子どもたちも同じように育てられるのが理想です。けれど、そんな社会になるのを待っていたら、『今、困っている親と子どもたち』を救うことはできません。」
障害がある子もそうでない子も、同じように暮らせるように
「ヘレンが障害児を受け入れ、実績を作っていけば、『障害があっても、みんなと一緒に過ごせるんだ』と理解してもらえるきっかけになります。それが、理想の社会のための第一歩になればいいなと思っています。」
そして最後に、「わたしたちの願いは、ヘレンのような保育園がなくなり、障害がある子もそうでない子も、同じように暮らせることです。それを実現できるまで、がんばり続けます!」と力強く言ってくれました。
重度の障害があったり、医療的ケアが必要だったりする子どもでも保育園に通える。そして、ママ(パパ)も仕事をあきらめることなく、社会に参加できる。フローレンスは、そんな夢をかなえてくれました。もし、障害児育児に悩んでいるパパママがまわりにいたら、ぜひ障害児保育園ヘレンのことを教えてあげてください。
また、ヘレンや障害児訪問保育アニーの事業拡大には寄付も必要です。一人ひとりができることから始める。それは、障害児を持つ親にとって、生きるための選択肢がひとつ増えることになるはずです。
★この記事のポイント★
- 通常の保育園では、医療的ケアが必要な子どもたちを預かる体制を整えることができない。
- ヘレンは、「重症心身障害児の受け入れ」「長時間保育」「医療的ケア」の3つを日本初で実現。
- 重度の障害があったり、医療的ケアが必要だったりする子どもでも保育園に通える。
- ママ(パパ)も仕事をあきらめることなく、社会に参加できる。