親が子供の将来などを真剣に考えることはとても良いことですが、過度になりすぎることで「教育虐待」と呼ばれるケースを生むこともあるようです。親自身に自覚がないことも多く、知らず知らずのうちに子供を追い込んでしまう事例もあるようです。
そこで今回は、「教育虐待」がどういったものなのか、しつけとの違いなど、この問題に詳しい教育ジャーナリスト・おおたとしまささんに話を聞きました。
「教育虐待」って何? 定義とは?

「教育虐待」という言葉を昨今よく聞きますが、具体的にどういったものでしょうか?
「以前から、子供を保護するシェルターの職員たちの間では『教育という名のもとに虐待しているだけ』といった文脈で登場していました。『教育虐待』が単語として登場したのは、2011年に開催された日本子ども虐待防止学会でしょうか。『子どもの受忍限度を超えて勉強させることは、教育虐待になる』という発表がされたのが、大きく広まったきっかけだと思います」
「簡単にまとめると、『あなた(自分の子供)のため』として、いきすぎた『しつけ』や『教育』を行うことで、『教育』と称して行われる虐待のことを指します」
では、「しつけ」と「教育虐待」の具体的な違いはどういったところにあるのでしょうか?
「すべて厳密にわけるのは難しいですが、しつけとの大きな違いは、習慣的に肉体的または精神的に苦痛を与えることです。暴力や暴言だけではなく、子供の受容限度を超えて勉強させること、そしてその勉強をさせるために精神的・肉体的苦痛を与えることなどは教育虐待になります。そもそもの前提として、受験や進学について、本人の意思を無視・軽視することで起こる例が多いです」
「教育虐待」につながる具体的な言動は?

親としては、子供への熱心な行動が「教育虐待」になっていることには、なかなか気づけないかと思います。具体的にどんな言動が、教育虐待に該当するのでしょうか。
「教育虐待の場面でよく使われる特徴的なセリフがあります。いくつか紹介します」
(1)あなたのため
「まずは、親がついつい口にしがちな『あなたのため』。これは、『あなた(子供)はわかっていない』と子供を信じていないことが前提のセリフです。自分が信じられていないことが子供に伝わってしまいます」
(2)良い教育を与える
「次に『良い教育を与える』。これは、絶対的に良い教育を行う学校と悪い教育を行う学校があるかのような錯覚からくる考え方です」
(3)子供の選択肢を増やしてあげたい
「最後は、『子供の選択肢を増やしてあげたい』です。このように言う親ほど、『最低でも○○大学以上でないと話にならない』などと考えがちです。結局は、子供の選択肢を増やしていませんし、生き方を教えることになっていません」
「こういった姿勢は、子供の成長ではなく、目標や結果を見ているといえます。子育てに『正解』があると信じている、あるいは子供のできは親次第だと思い込まされているケースが多いです。このような思考傾向が、教育虐待になってしまう親によくみられます」
子供のために良かれと思ってやっていたことが、実は自分が勝手に良かれと思い込んでいたに過ぎない。逆に、子供を悩ませていたら、こんな悲しいことはないですね。
教育虐待を受けた子供はどうなる?
では、教育虐待は、具体的に子供にどのような影響や結果をもたらすのでしょうか。
「影響は男女で多少異なります。それが思春期であれば、男の子は非行などに走りやすくなります。これは、ある意味でわかりやすいSOSで、早い段階で親が気づけるので、救い出せるチャンスが多いとも言えます」
「一方で、女の子の場合は非行に走ることもありますが、それよりも摂食障害などの形で現れることが多く、親としては見た目や行動からのSOSに気づきにくい面があります」
子供の非行はSOSと捉えることが大事なのですね。
「はい。一見して『聞き分けがいい子』は、心の内に不満を貯めているだけの可能性もありまるので、『いい子』であっても注意してあげる必要があります」
では、それ以外の影響はどういったことがあるのでしょうか。
「『教育虐待』を受けて育った場合、思春期を親の言うことを聞けるいい子で過ごせたとしても、将来的に精神疾患、社会不適合、自殺などをもたらすケースがあります。そこまで重い状態にならずとも、プライドは高いけれど自己肯定感が低い人間』になる可能性も考えられます」
「教育虐待」にならないために親ができること&注意点

教育が教育虐待にならないために、親ができることはどんなことでしょうか。
「ふがいなさを含めて、ありのままの子供を愛おしいと思うことが、まず前提になります。親から受ける安心感によって、子供のパフォーマンスはいい形で引き出されるものですから」
「そんななかでももちろん、子供を叱ること、アドバイスを行うことは必要です。ただ、子供の言動に親側の感情が高ぶったときは、一旦冷静になって、『自分の失望や不安をぶつけているだけじゃないのか』、『自分にとっての正しさを押しつけていないか』、『本当に子供の人生がダメになることなのか?』などをよく考えてみることが大事です」
「その上で、子供が前向きな気持ちで自らを改めようと思えるような言い方になるように、ひと手間を加えてみましょう」
教育虐待はなぜ起きる?
自分が虐待に関係するわけがないと思っていた人も、少なからず思い当たる節があったかと思います。ただ、そうなってしまう理由には、親側の苦しさや大変さもあるようです。
「教育虐待の原因とその解決には、『子供を追い詰めている親が、先に追い詰められているのかもしれない』という理解も必要です」
「世の中の先行きに対する不透明さから、子供の将来に不安を感じる親が増えています。さらに、少子化で1人の子供にのしかかる親の期待と不安も倍増しています。一概には言えないですが、高度成長期に生まれた世代は、物事には決まった『正解』があるという教育を受けてきたため、正解主義に囚われがちです。その影響で、子育てにも正解があると考えてしまい、我が子にも当てはめようとしてしまいがちです」
「さらには、頭が良くなる勉強法や習慣に関する情報が溢れ、それに合わせようとしてしまう強迫観念に囚われる人もいます。こうしたことが、教育虐待の根底にあることに気づくことが第一です。また、子育て中の親に対して、教育虐待に向かってしまう誤ったプレッシャーを与えないように、周囲も認識を正さなくてはなりません」
親や周囲の人は、どのようなことができるのでしょうか。
「それぞれの人々が、我が子はもちろん、身近な人に『生まれてきて良かったね』、『ひとりぼっちじゃないからね』、『あなたの人生はあなたしか歩めない』など、前向きな言葉を伝えていきましょう。何度も何度も伝えていくことが大事といえます」
『教育虐待』という言葉は、どうしても『親個人の人格の問題』というニュアンスで捉えがち。ですが実際は、その親も不安や悩みから来ているケースもあり、周囲のフォローなどで救えることも多そうです。まずは、そういった理解を深めていくことが大事といえそうですね。